相続放棄と限定承認

相続放棄はよく耳にする方も多いのではないかと思いますが、限定承認というのはあまり馴染みがないものかもしれませんね。
「私は財産はいらないから相続放棄をするよ」とかいう話をよく聞きます。
しかし、よくよく聞いてみると単に、他の相続人に「財産はいらない」とか「放棄する」というように自身の気持ちを伝えただけというケースが以外に多いのです。
これでは、単なる意思表示をしただけで、法的に放棄したことにはならないということをご存知ですか。

では、法的に放棄したことにならないとどのような事態を招くのでしょうか。

それは、負の財産といわれる借入金や未払金などの債務まで放棄したことにはならないということです。
したがって、財産を何も貰わなくても債権者から亡くなった方の債務の請求をされることになるのです。

このような事態にならないためにも相続放棄とはどのようなことなのかを知っておいてください。

〇相続放棄の法的手続き
〇相続放棄の効果
〇法的手続きではない相続放棄
〇法的な相続放棄をしない方が良いケース
〇限定承認について

相続放棄の法的手続き

1相続の承認又は放棄をすべき期間

相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(民法915)

この規定を簡単に説明しますと、自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に単純承認するのか限定承認にするのか、あるいは相続放棄をするのか、いずれかを決めなければならないということです。

なお、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続人の場合は通常亡くなった時となります。

また、単純承認とは、被相続人のプラス、マイナスのすべての財産を相続するということです。
そして、この単純承認は、特段の手続きがあるのではなく、被相続人が亡くなった時から3カ月以内に「放棄」あるいは「限定承認」の手続きをしなかった場合には自動的に単純承認したものとされます。

限定承認につきましては、「限定承認について」の項で説明しますのでそちらをご覧ください。

2相続放棄の手続き

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。(民法938)
相続放棄をしたい方は、条文どおり「家庭裁判所」に申述すればよいことになります。

なお、家庭裁判所は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所となります。

具体的な手続きは、

①「相続放棄申述書」を以下の(共通する添付書類)に(申述者別の添付書類)を合わせて家庭裁判所に提出します。

(共通する添付書類)

・被相続族人の住民票の除票又は戸籍の附票

これは、提出先の家庭裁判所が被相続人の最後の住所地の管轄であることを明らかにするためのものです。

・申述者の提出時の戸籍謄本

これは、申述者が相続放棄をする者であることを明らかにするためのものです。

(申述者別添付書類)

これは、放棄申述者が被相続人の配偶者か子供かあるいは代襲者かによって若干の違いがあります。
特に第二順位や第三順位に至ってはかなり違いがあります。良く確認して提出するようにしてください。

なお、家庭裁判所に提出された添付書類等は返還されませんのでご注意ください。

②相続放棄申述書の提出後の流れ

相続放棄申述書を提出後家庭裁判所において審査を行い、概ね1ヶ月程度で受理されます。
相続放棄が受理されると家庭裁判所からその旨の通知が送られて来ます。
これで、相続放棄ができたことになるのです。

相続放棄の法的効果

1相続放棄をした者は、初めから相続人とはならない。

相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。(民法939)

相続放棄申述書が受理された方は、この条文のとおり初めから相続人とならなかったものとみなされます。
したがって、相続人ではありませんので、被相続人の債務を負うこともありませんが、いかなる財産も相続することができないことになります。

なかには、「相続放棄をしてくれた謝礼に」とか「相続放棄をしたのだから」と幾許かの金銭等の財産を貰う、あるいは請求するというケースも見受けられますが、このようなことをしますと「相続放棄」が認められない場合もあるようですのでご注意ください。

では、遺言によって財産が貰える相続人が相続放棄をした場合、その遺言による財産も放棄したことになるのでしょうか。

結論としては、遺言による財産を放棄したことにはならないのです。
相続放棄と遺言(遺贈)とは別の制度のものですので可能だということです。

ただそうなると、必要な財産だけを遺言書によって遺贈させ、都合の悪いマイナスの財産などは相続放棄をして回避するなどということも可能になることになります。

しかし、そんな都合のよいことは許されないでしょう。

そんなことがまかり通るなら、借金して資産を取得し、その借金だけ放棄して返済しないなんてことができちゃいますよね。

これでは信義則に反します。制度上可能とはいえ、さすがに法的には許されないでしょう。

お終いに、相続放棄をしても受け取ることができる財産を紹介しておきます。

  • 死亡保険金の受取人が貰う死亡保険金
  • 埋葬費、埋葬料など
  • 遺族年金、死亡一時金

これらは、元々被相続人が蓄えていた財産ではなく、被相続人の死亡を原因として、相続人が受け取る財産だからです。
つまり、本来の相続財産ではありませんので相続放棄の対象にはならないのです。

なお、死亡保険金が相続税の対象となっていることについては、「生命保険金(死亡保険金)と相続税」の項をご覧ください。

2相続放棄者がいる場合は相続人の順位(順番)が異動する。

①相続人の順位が異動するケース

図のように、被相続人は第一順位となる子供はいますが、その子供が相続放棄をした場合は、第一順位の相続人がいないことになります。
したがって、相続権は、第二順位である被相続人の両親に異動することになります。

この場合、よく勘違いするケースがあります。

それは、第一順位である子供がいなくてもその子供(被相続人の孫)が代襲できるのではとの見方です。
しかしながら、「1相続放棄をした者は、初めから相続人とはならない」で説明したとおり、相続放棄をした場合は、初めから相続人とはなりませんので、相続人ではない子供の子供(被相続人の孫)が相続人になることはできません。

②相続人の順位が異動しないケース

前記の①図と違い、被相続人は第一順位となる子供が二人おります。

その子供のうちの一人が相続放棄をしても第一順位となる子供がもう一人おりますね。
したがって、このように放棄をしていない第一順位の相続人が一人でもいれば、第二順位以降に相続人が異動することはありません。

なお、第一順位の相続人が全員相続放棄をした場合には、当然、第二順位以降に相続人は異動することになります。
法定相続人の順位等については、「法定相続人」の項をご覧ください。

法的手続きではない相続放棄

法的手続きではない相続放棄という制度が特にある訳ではありません。
本来、家庭裁判所に相続放棄申述書を提出し、受理された場合のみが法的な「相続放棄」となります。
ここでお話する、「法的手続きではない相続放棄」とは、単に「財産はいらない」とかの意思表示をするだけで法的手続きをしていないようなケースのことです。

実はこの法的手続きによらない放棄が意外に多く、後に混乱を招いているようです。

特に、遺産分割協議においては顕著です。
法的な手続きによって相続放棄をした場合は、相続人にはなりませんので、遺産分割協議に参加することもできませんので、当然、署名、押印をする必要もありません。

しかし、法的な手続きをしていない、単に「財産はいらない」という意思表示だけの方は、相続人であることに変わりはありませんので、相続人として遺産分割協議書に署名、押印する必要があるのです。

ここで勘違いが多いのが「財産を何も貰わないのだから」「放棄をしたのだから」と署名、押印を拒むケースです。
こうなりますといつまで経っても遺産の分割は終わりません。

一方、被相続人に大した財産もないことから、同居していた相続人にすべてを相続させようと考え、遺産分割協議書に署名、押印し無事に分割を済ませたものの、債権者から相続人全員に債務の返済を求められたのです。
遺産を貰っていない相続人は、遺産分割協議書によって自分は何も相続していない旨の主張をしましたが、残念ながらその主張は通用しませんでした。

理由は二つあります。
①法的な相続放棄をした訳ではなかったので、相続人である立場に変わりがないとういう点です。
②借入金などの債務は、遺産分割協議の対象にはならない財産という点です。

①については、「相続放棄の法的効果」でも取り上げましたが、家庭裁判所に相続放棄申述書を提出し、受理された場合のみが法的な「相続放棄」となり、相続人ではありませんから、後に債権者から債務の返済などの請求をされることは避けられます。しかし、この事例の相続人は、法的な相続放棄の手続きをしていなかったので相続人である立場に変わりがないということです。

②については、そもそも借入金などの債務などは、遺産分割協議の対象にならない財産だということです。
つまり、債務などのマイナスの財産は、法定相続分に応じて負担しなければならないからです。
といっても、遺産分割協議において特定の相続人に債務を相続させることは可能ですが、それは、相続人間の合意(決め事)にすぎず、債権者には何ら関係のないことなのです。
もし、遺産分割協議書のとおり特定の相続人が債務を引き継ぐのであれば、その旨を別途債権者と話し合い、債権者と合意ができれば話は別です。

以上のように、相続放棄を考えている方は、様々なケースを想定して決めて頂ければと思います。

法的な相続放棄をしない方が良いケース

相続放棄をしない方が良いケースってどんな場合だと思いますか?
まずは、次の相続関係図をご覧ください。
このような関係図で、の二男が亡くなった場合のケースです。

本来、二男が亡くなった場合の法定相続人は、二男に第一順位となる子供がおりませんので、第二順位である両親と常に相続人となる二男の配偶者となります。

このケースで、もし、第二順位の両親が残された二男の配偶者のことを思い、財産などいらないということで、法的な相続放棄をした場合はどのようになるのでしょうか。
答は、「相続放棄の法的効果」でお話しましたが、二男の両親が相続放棄をしますと次順位の兄弟姉妹である長男、長女が相続人となります。

ここで取り上げたいことは、両親が法的な放棄をしてしまいますと残された二男の配偶者は二男の兄弟姉妹と遺産分割の協議をしなければならないということです。
このような関係ですと余程良好な関係でもない限り遺産分割は難航するのではと推察します。

そのため、ご両親が二男の配偶者のことを思うのであれば、むしろ法的な放棄をするのではなく、全財産を二男の配偶者が相続する旨の遺産分割協議書を作成することが望ましいのではないかと考えます。
仮に、二男に多額の債務がありそれを避けたいとして放棄することもあろうかと思いますが、そのようなケースであれば、通常は、次順位の長男、長女も同様に放棄をするものと推察します。
あくまでもケースバイケースということになりますが、法的な放棄をしない方が良いケースもあろうかと思います。

限定承認について

最後に限定承認についてです。

相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続の承認をすることができる。(民法922)

相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。(民法923)

限定承認とは、条文規定のように相続した財産に応じた債務を引き受けるというもので、基本的にはプラスの財産より債務(借金など)が遥かに多いようなケースで行われています。

たとえば、相続財産が3,000万円で債務が1億円あるような場合、限定承認によって相続財産が3,000万円を相続する代わりに債務(借金など)のうち同額の3,000万円分を相続するといったものです。
見た目は、プラスマイナス零のようですが、そうではない場合もあります。

ただ、この限定承認をする場合は、相続放棄と違い、相続人全員が行わなければできないのです。
そのことが民法923条に規定されているのです。

裏を返せば、相続人一人でも限定承認を拒むと成立しないのです。

さらに、「〇相続放棄の法的手続き」の「1相続の承認又は放棄をすべき期間」でも説明しましたが、相続の開始を知った日から僅か3カ月で決めなければならないのです。

どれだけの資産と負債があるのかも調べなければ分からないようなことです。

もし、このような債務超過が疑わしい状況の方は、事前に専門家等を交えて相談しておくことをお勧めします。